2人の刑事が、女の子たちのために縄を作った話 — ダブルダッチの起源 前編 —

1971年、ある刑事が公園で見たもの。街角の遊びが、Lincoln Center に立つまでの物語

この記事(前編)を読むと、3つのものが手に入る:

  1. ダブルダッチが「文化」になった瞬間の物語
  2. 1971年、ある刑事が公園で見たもの
  3. 街角の遊びが、Lincoln Center に立つまで

(続きは7月15日、後編へ)


💭 プロローグ

flekky

マヤさん、オレ、ダブルダッチって言葉も知らんかったっす。ヒップホップなら、5月にトップさんが教えてくれたから、最近覚えたけど

maya

(本を閉じて)悪くないじゃん、その正直さ。じゃ、教えてあげる。あんたが今跳んでる縄の話を

flekky

お願いします!オランダから来たんですよね、あれ?

maya

(微笑んで)それも、ある。でも、それだけじゃないの。あたしが面白いと思うのは、別の話


🌊 第一章:始まりは、女の子たちの街角だった

maya

時代は1940〜50年代。場所はニューヨーク、ハーレム

maya

黒人の女の子たちが、家の物干しロープを2本、街角に持ち出した

ニューヨークの街角でダブルダッチを跳ぶ少女たち 写真出典: Medium — Africana Feminisms「Double Dutch: A Classic For Whom?」

maya

友達が回す、自分が跳ぶ、誰かが歌う。『Miss Mary Mack(ミス・メアリー・マック)』っていう、当時流行ってた歌のチャント

flekky

歌いながら跳ぶんすか?

maya

そう。『Miss Mary Mack, Mack, Mack, all dressed in black, black, black…』みたいな、口で言葉のリズムを刻みながら、足でロープのリズムも刻む

maya

大人たちの目を盗んで、自分たちだけの空間を作ってた。それは『遊び』じゃない。あの子たちにとっての『居場所』だった

flekky

居場所…

maya

あの時代、男の子はバスケ、フットボール、ベースボール。女の子のスポーツは、何もなかった。何も。だから女の子たちは、縄2本で、自分の世界を作った

maya

NDDL(National Double Dutch League)の現会長、ローレン・ウォーカーさんはこう言ってる。『Double Dutch is Black girl magic.(ダブルダッチは、黒人少女の魔法)』

flekky

魔法…

maya

あんた、ちゃんと聞いてるじゃん。悪くない


👮 第二章:1971年、Marcus Garvey Park の自転車レース

maya

1971年、ハーレムのマーカス・ガーヴィ公園

ハーレム、Marcus Garvey Park(マーカス・ガーヴィ公園)の階段 撮影: Linda Fletcher(2022年)/ Wikimedia Commons / CC BY-SA 4.0

maya

NYPDの刑事に、ユリシーズ・ウィリアムズって男がいた。みんなは『マイク・ザ・コップ(街のマイク)』って呼んでた

flekky

黒人警官っすか?

maya

そう。コミュニティ・アフェアーズ部門っていう、街の人たちと向き合う部署にいた。子供たちと顔見知り。街のことなら、誰よりも知ってた

maya

ある日、マイクは自分たちで企画した自転車レースを開催した。子供向け、1マイル(約1.6km)の短いレース

maya

男子の部:大盛り上がり。女子の部:全員が惨敗だった

flekky

えっ、惨敗?

maya

あとからマイク本人がインタビューでこう言ってる。『My God the girls did terrible!(ああ、女の子たちは惨敗だった)』って。

レースが終わって、街を歩いて帰る道。マイクは独り言をつぶやいてた。『この街には、女の子たちが輝ける場所がない』って。

そして、ふと足が止まる。

街角で、女の子たちが縄を回してる。跳んで、笑って、自分たちのリズムで

flekky

!

maya

マイクは思った。『これだ』って


📞 第三章:深夜の電話、2人の刑事

maya

マイクが電話したのは、同僚の刑事、デイビッド・A・ウォーカー。みんなはデイブって呼んでた

maya

デイブも同じNYPDコミュニティ・アフェアーズ。ハーレム32分署所属

flekky

同じ部署か

maya

そう。2人はパートナー、捜査もコミュニティ活動も一緒にやる仲だった

maya

その夜、デイブは家にいた。妻のジュディスと、生まれたばかりの娘ローレンと。あ、このローレンが、さっき言った今のNDDL会長

flekky

えっ、デイブの娘さん?

maya

そう。父の意志を継いで、今もダブルダッチを世界に広めてる。

電話に出るデイブ。マイクは興奮気味に話す。

『Dave、聞いてくれ。あの女の子たちの遊び — Double Dutch、俺たちの手で、sport にできる』

デイブの返事はこうだったって、後年マイクはこう振り返ってる。『From that point on, David and I began to contrive the sport of double dutch.(そこから俺とデイブで、ダブルダッチを sport として組み立て始めた)』

flekky

すげー、警察官2人で…

maya

デイブはね、Lauren が赤ん坊の時に、街の子供たち向けの自転車安全プログラムも始めてた。Skyscraper Cycling Classic っていう、いま全米でも有名な自転車レース。あれ、デイブが作ったの

maya

『コミュニティに何かを返す』が、デイブの人生のテーマだった。妻のジュディスは結婚前からそれを知ってて、こう言ってる。『私は、社会に何かを返すことを使命とする男と結婚するんだ、って分かってた』って

flekky

奥さんも理解してたんすね…

maya

2人の警官、1人の妻、1人の赤ん坊。物語が始まった夜は、そういう夜だったの

David A. Walker(NDDL創設者、ハーレムの街角にて) 写真出典: National Double Dutch League — Founder David A. Walker

Ulysses "Mike the Cop" Williams(NYPD制服姿) 写真出典: @JunHaratake on X


🎯 第四章:他のスポーツから「いいとこ取り」したルール

maya

電話のあと、マイクとデイブは毎晩集まって議論した。

『ただ跳ぶだけじゃ、評価できない。客観的なルールが要る』

2人は、他のスポーツの本を山積みにして、いいとこ取りを始めた。

陸上から:スピードテスト。『2分間で何回跳べるか』
体操から:コンパルソリー(規定演技)。『右足ターン2回、左足ターン2回、右が上のクロス2回、左が上のクロス2回、ハイステップ10回(膝を腰の高さまで)』
フィギュアスケートから:フリースタイル。3分間の自由演技

flekky

全部、他から持ってきた…

maya

そう。『ゼロから新しいものを作る』んじゃなくて、『すでにあるものを組み合わせて、新しい意味を持たせる』。これが2人のやり方だった

maya

こうして、ハーレムの2人の刑事の手で、『誰がすごいか』を客観的に決められる仕組みが完成した

flekky

街の遊びが、競技に変わる瞬間っすね

maya

悪くない理解の仕方じゃん


🎉 第五章:1974年2月14日、バレンタインデーの奇跡

maya

1974年2月14日。バレンタインデー。

場所はハーレムのIntermediate School 10、West 149th Street。今は Frederick Douglas Academy っていう学校。

初の公式ダブルダッチ・トーナメントが開催された。

参加者は、5年生から8年生まで。約600人の子供たち

flekky

600人!?

maya

スポンサーはRoyal Crown Cola(ロイヤル・クラウン・コーラ)。当時の人気飲料メーカー。

ニューヨークで一番権威ある雑誌の一つ、The New Yorker が、3月11日号でこの大会の記事を書いた。

街角の女の子たちの遊びが、初めて『公式』になった日。

その会場で、デイブとマイクは、警官の制服のまま、子供たちの輪の中にいた。

想像してみて。冬の体育館。蛍光灯の下、子供たちの笑い声、縄が床を打つ音、子供たちの靴底のキュッキュッていう音

1974年バレンタインデー、Intermediate School 10 体育館での大会のイメージ ※ 写真はイメージです。AI(Gemini)で生成。

maya

2人の刑事は、その音の中に立ってた

maya

同じ年、彼らは American Double Dutch League(ADDL)を設立。デイブが会長に就任

maya

そして大会の舞台は、すぐにLincoln Center(リンカーン・センター)に移った

flekky

リンカーン・センター、聞いたことあるかも…

maya

メトロポリタン・オペラがある、世界最高峰の文化施設。クラシックの聖地。そこで、ハーレムの女の子たちが縄を跳んだ

Lincoln Center for the Performing Arts プラザ — メトロポリタン・オペラ建物と Revson Fountain 撮影: Ajay Suresh(2019年)/ Wikimedia Commons / CC BY 2.0

maya

物干しロープから始まった遊びが、世界の文化施設に立つまで、たった3年


💭 エピローグ(前編)

flekky

マヤさん、続き!続き気になる!

maya

Whatever. 来月また来な

maya

Lincoln Center で跳んだ女の子たちが、次に何を起こしたか — 来月、教えてあげる

flekky

えーー!マジで気になりすぎだろ!ヒップホップとどう繋がるんすか!?

maya

(本を閉じて、微笑む)…それが、続きを待つってことよ

maya

(独り言)あんたみたいな子に話せて、悪くない夜だったわ


👥 登場キャラクター紹介

flekky

オレ、フリッキー!19歳、ダブルダッチ歴1年8ヶ月の大学2年生っす。今回は質問担当!

フリッキー(主人公)

  • 19歳、神奈川出身、大学生 + コンビニ夜勤バイト
  • カッコつけてるけど、根は純粋
  • 小学生時代、テストで全部の問題が解けなかった時に何も書かずに出して「間違ってない=ノーミス=100点です」と先生に言い張った事がある
  • 口癖:「マジで?」「やばっ」「すげーすげー」
maya

あたし、マヤ。30歳、ダブルダッチパフォーマー兼カルチャー誌ライター。文化人類学修士。今回はあんたたちに、縄の歴史を語る役

マヤ(姉さん)

  • 30歳、横浜出身、ダブルダッチパフォーマー兼カルチャー誌ライター
  • 文化人類学修士、ダブルダッチ歴15年、英仏語堪能
  • マイナーなアーティスト好きと言って、有名になった瞬間「もう違うんだよね」と言い出す。本人は「商業化されると本質が…」と論理的に説明できる
  • 観葉植物の世話が下手で全部枯らす、窪塚洋介のファンだが、彼みたいな話し方をする一般人は嫌い
  • 口癖:「で、それのソースは?」「あんたねぇ…」「Whatever.」「悪くないじゃん」(最大の褒め言葉)

📚 参考・出典

Double Dutch の歴史

David A. Walker / Ulysses Williams

音源・映像(参考)

  • The Incredible Bongo Band - Apache(1973):前編で言及した「ヒップホップの国歌」
  • Frankie Smith - “Double Dutch Bus”(1981)
  • Pick Up Your Feet: The Double Dutch Show(1981、エミー賞受賞ドキュメンタリー)

※ ダブルダッチの起源には諸説あります。本記事(前編)は、最も広く伝えられている流れ — ハーレムの黒人少女たちの街角遊びと、1970年代のNYPD刑事 David A. Walker / Ulysses Williams による sport 化 — を中心に構成しています。